株主代表訴訟の弁護士費用は、一定の場合に会社へ請求できる可能性があります。会社法852条は、責任追及等の訴えを提起した株主が勝訴又は一部勝訴した場合に、必要費用や弁護士報酬のうち相当と認められる額を会社に請求できる仕組みを定めています。
ただし、弁護士費用が最初から会社負担になるわけではありません。また、勝訴すれば全額が自動的に戻るわけでもありません。代表訴訟は、損害賠償金が原則として会社に帰属する制度であり、少数株主個人が売却代金のように金銭を受け取る制度ではないため、費用回収の見通しと売却・買取の目的を分けて考える必要があります。
- 代表訴訟では、印紙代、郵券、資料収集費用、調査費用、弁護士費用が問題になります
- 会社法852条により、勝訴・一部勝訴時に必要費用や弁護士報酬相当額を会社へ請求できる場合があります
- 請求できるのは「相当と認められる額」であり、支払った弁護士費用の全額とは限りません
- 敗訴時は、悪意がある場合を除き会社に対する損害賠償義務を負わないとされていますが、自己負担や訴訟費用のリスクは残ります
- 費用償還制度は、株式売却や買取代金とは別の問題です
坂尾陽弁護士
2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~ 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業
Contents
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株主代表訴訟で問題になる費用の種類
株主代表訴訟を検討するときは、「裁判所に納める費用」と「弁護士に依頼する費用」と「資料を集めるための費用」を分けて考える必要があります。これらを一括して「費用」と呼ぶと、どの費用が会社に請求できるのか、どの費用を株主が先に負担するのかが分かりにくくなります。
- 印紙代:訴えを提起するときに裁判所へ納める手数料です。代表訴訟は訴額算定上の特則があり、通常の高額賠償請求のように請求額に比例して巨額の印紙代になるわけではありません。
- 郵券・予納金:裁判所から当事者へ書類を送るための郵便切手や、手続に必要な予納金です。
- 資料収集・調査費用:登記、定款、株主総会議事録、会計帳簿、契約書、領収書、専門家調査などにかかる費用です。
- 弁護士費用:着手金、報酬金、タイムチャージ、実費など、弁護士との委任契約に基づく費用です。
- 鑑定・専門家費用:会計、不正支出、損害額、株価評価などについて、公認会計士・税理士・専門家の意見が必要になる場合の費用です。
少数株主にとって負担が大きいのは、印紙代だけではなく、資料を集め、請求原因を組み立て、代表訴訟を継続するための弁護士費用です。代表訴訟の全体像や要件は、株主代表訴訟とは何かを整理したページで解説しています。
印紙代は通常の高額訴訟と異なる
株主代表訴訟では、役員等に対して数千万円、数億円、場合によってはそれ以上の損害賠償を求めることがあります。通常の民事訴訟であれば、請求額が大きいほど印紙代も大きくなります。
しかし、責任追及等の訴えについては、会社法847条の4により、訴訟の目的の価額の算定上、財産権上の請求でない請求に係る訴えとみなされます。そのため、代表訴訟の印紙代は、請求額そのものに比例して巨額になるのではなく、実務上は1万3000円程度と説明されることが多いです。
印紙代が比較的低いことと、代表訴訟全体の費用負担が軽いことは別問題です。資料収集、事実調査、弁護士費用、会計専門家費用、訴訟期間の負担を含めて検討する必要があります。
会社法852条とは何か
会社法852条は、代表訴訟を提起した株主が、会社のために訴訟を行った結果として一定の成果を得た場合に、必要費用や弁護士報酬相当額を会社へ請求できる場面を定めています。
代表訴訟は、株主が自分個人の損害を回復するためではなく、会社のために役員等の責任を追及する制度です。したがって、会社のために費用を負担して訴訟を行い、会社に利益をもたらした株主について、一定の費用回収を認める必要があります。これが会社法852条の実務的な意味です。
- 勝訴又は一部勝訴が前提になる:全部勝訴でなくても、一部勝訴の場合に請求できる可能性があります。
- 必要費用が対象になる:訴訟費用そのものとは別に、代表訴訟に必要な費用が問題になります。
- 弁護士報酬相当額が対象になる:弁護士又は弁護士法人に報酬を支払うべき場合、その報酬額の範囲内で相当額を請求できる可能性があります。
- 全額自動償還ではない:「相当と認められる額」に限られるため、契約上の報酬額すべてが当然に会社負担になるわけではありません。
つまり、会社法852条は、少数株主が代表訴訟を弁護士に依頼するための重要な制度ですが、「勝てば必ず全額戻る」という制度ではありません。費用回収の見通しは、事案の内容、会社が得た利益、訴訟の経過、弁護士の作業量、請求額と認容額の関係などを踏まえて個別に判断されます。
弁護士費用はいつ会社に請求できるのか
代表訴訟を依頼した時点で、弁護士費用を会社に直接請求できるわけではありません。通常は、まず株主側が弁護士と委任契約を結び、着手金や実費などを負担して訴訟を進めます。その後、代表訴訟で勝訴又は一部勝訴した場合に、会社法852条に基づき、会社に対して必要費用や弁護士報酬相当額の支払を求めることを検討します。
そのため、少数株主が代表訴訟を検討する場合は、最初の段階で次の点を確認しておく必要があります。
- 提訴請求前の調査費用を誰が負担するのか
- 代表訴訟本体の着手金・実費・報酬金をどう設計するのか
- 勝訴・一部勝訴した場合、会社法852条の請求を別途行うか
- 会社が任意に支払わない場合、費用等請求の交渉や訴訟を行う必要があるか
- 敗訴・和解・取下げの場合の費用負担をどう考えるか
代表訴訟を起こすかどうかだけでなく、852条請求まで見据えて費用設計をしておくと、後から「勝ったのに弁護士費用の回収で争いになった」という事態を避けやすくなります。
「相当額」とは何を基準に判断されるのか
会社法852条で請求できるのは、弁護士報酬のうち相当と認められる額です。したがって、株主と弁護士の間で合意した報酬額が、そのまま会社に対する請求額として全額認められるわけではありません。
相当額の判断では、一般に、事件の難易、争点の複雑さ、証拠収集の困難さ、訴訟期間、弁護士の作業量、会社に回復された利益、請求額と認容額の関係、訴訟活動が結果にどれだけ貢献したかなどが問題になります。
代表訴訟の弁護士報酬は、単に「何時間かかったか」だけで決まるわけではありません。会社にどのような利益が生じたのか、その利益に対して株主側の訴訟活動がどの程度寄与したのかも重要になります。
少数株主側としては、代表訴訟の開始前から、争点、必要資料、証拠、損害額、想定される会社利益、弁護士費用の見通しを整理しておくことが重要です。資料収集が不十分な場合は、会計帳簿閲覧請求を先に検討することがあります。
ダスキン株主代表訴訟の弁護士報酬請求事件
会社法852条の実務的な意味を考えるうえで、ダスキン株主代表訴訟の弁護士報酬請求事件はよく参照されます。この事件では、代表訴訟を提起して一部勝訴した株主側が、弁護士報酬相当額として会社に対し高額の支払を求め、大阪地裁平成22年7月14日判決が一部を認容したと報じられています。
報道では、株主側が4億円等を請求し、裁判所が8000万円の支払を認めた例として紹介されています。この事例から読み取れる重要な点は、代表訴訟の弁護士報酬相当額が相当高額に認められる場合がある一方で、請求額全額がそのまま認められるわけではないということです。
記事を読む少数株主にとっては、「852条があるから費用は必ず回収できる」と理解するのではなく、「会社のために実質的な成果を上げた場合、相当額の費用回収を主張できる制度がある」と理解する方が正確です。
和解で終わった場合の弁護士費用
代表訴訟は、判決だけでなく、和解で終了することもあります。和解によって会社に一定の利益が戻る、役員側が金銭を支払う、ガバナンス改善措置が取られる、ということも考えられます。
もっとも、会社法852条は勝訴又は一部勝訴の場合を中心に規定しているため、和解で終わった場合の費用負担は、和解条項、会社が得た利益、当事者間の合意、費用等請求をどのように扱うかによって変わります。和解時に弁護士費用の扱いを明確にしないと、代表訴訟本体が終わった後に、会社との間で費用償還をめぐる別の紛争が残ることがあります。
和解を検討するときは、役員等から会社へ支払われる金額だけでなく、株主側の必要費用・弁護士費用をどのように扱うかも確認しておく必要があります。
敗訴した場合の費用リスク
会社法852条2項は、責任追及等の訴えを提起した株主が敗訴した場合でも、悪意があったときを除き、会社に対して損害賠償義務を負わない旨を定めています。これは、株主が会社のために責任追及を行う制度であることを踏まえ、過度な萎縮を避けるための規定です。
ただし、敗訴しても一切の費用リスクがないという意味ではありません。株主自身が依頼した弁護士費用、資料収集費用、訴訟活動にかかる時間や労力は現実に負担になります。また、訴訟費用の負担、会社側からの反論、親族会社での関係悪化なども考慮する必要があります。
さらに、代表訴訟が不正な利益を図る目的や会社に損害を加える目的であると評価されると、制度上も大きな問題になります。単に株式買取交渉を有利にするためだけに代表訴訟をちらつかせるような運用は避けるべきです。
少数株主個人に入るお金と会社に入るお金を分けて考える
代表訴訟の費用を考えるうえで最も重要なのは、金銭の帰属を混同しないことです。代表訴訟で役員等から回収される損害賠償金は、原則として会社に入ります。少数株主個人が、自分の慰謝料や売却代金として直接受け取るものではありません。
一方、会社法852条に基づく必要費用や弁護士報酬相当額の請求は、代表訴訟を提起した株主側が負担した費用を一定範囲で回収する制度です。これは、株式の売却価格や買取代金とは性質が異なります。
- 役員等からの損害賠償金:原則として会社に帰属します。
- 852条の費用等請求:代表訴訟を提起した株主側が、必要費用や弁護士報酬相当額を会社に請求する制度です。
- 株式の売却代金:会社・大株主・第三者などに株式を売却した場合に、株主個人が受け取る金銭です。
少数株式の現金化を目指す場合は、代表訴訟や852条請求とは別に、少数株式を売却する方法、会社・大株主への任意買取交渉、非上場株式の評価方法を検討する必要があります。
費用回収を見据えて準備すべき資料
852条による費用回収を見据える場合、代表訴訟の勝敗だけでなく、どの費用が必要だったのか、どの訴訟活動が会社の利益に結びついたのかを説明できることが重要です。
- 弁護士との委任契約書、報酬合意書、請求書、領収書
- 訴訟準備のために支出した調査費用、専門家費用、コピー代、交通費等の資料
- 会計帳簿閲覧請求、株主総会質問、提訴請求など、訴訟前の活動記録
- 代表訴訟で提出した主張書面、証拠、和解協議資料、判決書
- 会社にどのような利益が生じたかを示す資料
特に、役員報酬、退職慰労金、親族への支出、関係会社取引などが問題になる場合は、代表訴訟本体の立証だけでなく、費用等請求の場面でも資料の整理が重要になります。決議のない役員報酬の問題は、役員報酬に株主総会決議がない場合で詳しく扱います。
代表訴訟の費用を理由に依頼を迷う場合
少数株主が代表訴訟を検討する場合、「費用をかけても自分に直接お金が入らないなら意味がないのではないか」と感じることがあります。この疑問は自然です。代表訴訟は、株式の売却代金を得るための制度ではなく、会社の損害回復を目的とする制度だからです。
一方で、会社財産の私的流用、不透明な親族支出、決議のない役員報酬、利益相反取引などによって会社価値が毀損している場合、その是正は会社価値や株価評価に影響する可能性があります。また、会社が問題を放置しにくくなり、説明や交渉のテーブルにつきやすくなることもあります。
ただし、代表訴訟を起こすかどうかは、費用回収の可能性だけで決めるべきではありません。証拠の強さ、会社に生じた損害、勝訴可能性、会社との関係、売却希望の有無、他の少数株主権で足りるかを総合的に検討する必要があります。
よくある質問
株主代表訴訟の弁護士費用は会社が最初から払ってくれますか
通常はそうではありません。まず株主側が弁護士に依頼し、費用を負担して手続を進めます。その後、勝訴又は一部勝訴した場合に、会社法852条に基づいて必要費用や弁護士報酬相当額を会社へ請求できるかを検討します。
勝てば弁護士費用は全額戻りますか
全額が自動的に戻るわけではありません。会社に請求できるのは、費用額又は報酬額の範囲内で相当と認められる額です。実際の報酬契約額、事件の難易、会社が得た利益、訴訟活動の貢献度などを踏まえて判断されます。
一部勝訴でも会社法852条の請求はできますか
一部勝訴でも請求できる可能性があります。ただし、認められる金額は、勝訴部分、会社に生じた利益、訴訟の経過、弁護士の活動内容などによって変わります。
和解で終わった場合も弁護士費用を請求できますか
和解の場合は、和解条項や会社が得た利益、費用負担に関する合意内容を確認する必要があります。代表訴訟本体の和解時に費用の扱いを整理しておかないと、後から会社との間で費用償還をめぐる紛争が残ることがあります。
敗訴すると会社に損害賠償しなければなりませんか
会社法852条2項は、敗訴した場合でも悪意があったときを除き、会社に対して損害賠償義務を負わない旨を定めています。ただし、自分側の弁護士費用や資料収集費用、訴訟費用の負担など、現実的な費用リスクは残ります。
代表訴訟の費用を会社に請求できるなら、株式売却の代わりになりますか
なりません。852条の費用等請求は、代表訴訟に必要な費用や弁護士報酬相当額の回収制度です。少数株式を現金化したい場合は、会社・大株主との買取交渉、第三者への譲渡、譲渡制限株式の手続、価格評価などを別に検討する必要があります。
まとめ
- 株主代表訴訟では、印紙代だけでなく、資料収集費用・調査費用・弁護士費用が問題になります
- 会社法852条により、勝訴又は一部勝訴時には必要費用や弁護士報酬相当額を会社に請求できる場合があります
- 請求できるのは相当額であり、弁護士費用の全額が当然に会社負担になるわけではありません
- 敗訴時は、悪意がある場合を除き会社への損害賠償義務を負わないとされていますが、自己負担リスクは残ります
- 代表訴訟の費用償還と、少数株式の売却代金・買取代金は別の問題です
株主代表訴訟の弁護士費用を考えるときは、「会社法852条があるから大丈夫」と単純に考えるのではなく、代表訴訟本体の見通し、会社に回復される利益、必要費用、弁護士報酬の相当額、敗訴時リスク、売却・買取方針を一体で整理することが大切です。代表訴訟を検討する段階では、費用回収だけでなく、そもそも代表訴訟を使うべき場面かどうかを確認しましょう。
坂尾陽弁護士
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