多重代表訴訟とは、一定の企業グループで、最上位の親会社である「最終完全親会社等」の株主が、重要な完全子会社の取締役等の責任を、その子会社のために追及する制度です。会社法847条の3では「特定責任追及の訴え」と呼ばれます。
親会社の株主だからといって、すべての子会社役員を直接訴えられるわけではありません。完全親子会社関係、親会社株主の1%要件、対象子会社の株式の帳簿価額要件、最終完全親会社等の損害、提訴請求と60日待機など、通常の株主代表訴訟より限定された要件を満たす必要があります。
- 原告になれるのは、原則として最終完全親会社等の議決権又は発行済株式の1%以上を持つ株主です
- 対象会社は、最終完全親会社等の完全子会社等に当たる株式会社でなければなりません
- 対象会社株式の帳簿価額が、責任原因事実発生日の最終完全親会社等の総資産額の5分の1を超えることが基本です
- 提訴請求は、親会社ではなく、責任追及を受ける役員等が所属する対象会社に行います
- 勝訴して回収される金銭は、原告株主や親会社ではなく、原則として対象会社に支払われます
坂尾陽弁護士
2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~ 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業
Contents
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多重代表訴訟とは
通常の株主代表訴訟では、株主が、自分が株式を持つ会社のために、その会社の取締役等の責任を追及します。これに対し、多重代表訴訟では、最終完全親会社等の株主が、直接は株式を持っていない完全子会社等の取締役等に対し、その子会社のために責任を追及します。
企業グループでは、持株会社の下に事業子会社を置き、実際の事業や資産の大部分を子会社が担うことがあります。子会社役員の任務懈怠によって子会社に巨額の損害が生じても、最終親会社の株主は子会社の直接の株主ではないため、通常の株主代表訴訟をそのまま提起できません。そこで、平成26年会社法改正により、限定された要件のもとで多重代表訴訟の制度が設けられました。
法律上は「特定責任追及の訴え」という
会社法847条の3は、多重代表訴訟を「特定責任追及の訴え」として定めています。追及の対象は、対象会社の取締役だけに限られず、会社法上の「発起人等」に含まれる者の特定責任が問題になります。実際の事案では、誰がどの地位にあり、どの責任原因に関与したかを個別に整理します。
「多重」という名称は、親会社株主と対象子会社との間に会社が一つ又は複数介在することを表しています。ただし、会社が何層もあれば当然に利用できる制度ではなく、法定の完全保有関係と重要性の基準を満たすことが必要です。
回復するのは対象子会社の損害
多重代表訴訟は、親会社株主が自分の損害を請求する制度ではありません。対象子会社に生じた損害について、対象子会社が持つ責任追及権を株主が代わって行使する制度です。
そのため、請求が認められた場合の支払先は対象子会社です。親会社株主が賠償金を直接受け取るわけではありません。親会社株主の経済的利益は、対象子会社の損害が回復され、企業グループの価値が回復することを通じて間接的に実現するのが基本です。
通常の株主代表訴訟との違い
多重代表訴訟と通常の株主代表訴訟は、会社のために役員等の責任を追及する点では共通します。しかし、原告となる株主、対象会社との株主関係、持株要件、対象会社の重要性に関する要件が異なります。
| 比較項目 | 通常の株主代表訴訟 | 多重代表訴訟 |
|---|---|---|
| 原告 | 損害を受けた会社の株主 | 対象会社の最終完全親会社等の株主 |
| 責任を追及される者 | 株主が直接株式を持つ会社の取締役等 | 完全子会社等である対象会社の取締役等 |
| 株式保有割合 | 原則として1株でも足ります | 最終完全親会社等の議決権又は発行済株式の1%以上が必要です |
| 継続保有期間 | 公開会社では原則6か月です | 最終完全親会社等が公開会社なら原則6か月です |
| 会社グループ要件 | 特別な親子会社要件はありません | 最終完全親会社等と対象会社の完全保有関係が必要です |
| 対象会社の重要性 | 帳簿価額による基準はありません | 対象会社株式の帳簿価額が原則として総資産額の5分の1を超える必要があります |
| 賠償金の支払先 | 直接株式を持つ会社 | 責任を負う役員等が所属する対象会社 |
通常の株主代表訴訟の原告適格、提訴請求、会社への支払といった基本構造は、株主代表訴訟の制度と要件で確認できます。多重代表訴訟は、その基本構造に企業グループ固有の厳しい要件を重ねた制度と考えると理解しやすくなります。
親会社株主が子会社の株主になるわけではない
多重代表訴訟を利用しても、親会社株主が対象子会社の直接の株主になるわけではありません。対象子会社の株主権一般を行使できるようになる制度でもありません。会社法847条の3が定める範囲で、特定責任の追及を請求し、一定の場合に訴えを提起できるにとどまります。
したがって、子会社の株主総会で議決権を行使したり、子会社株式の買取りを求めたりする権利が当然に生じるわけではありません。情報収集についても、親会社株主として利用できる別の制度の要件を確認する必要があります。
対象となる会社グループ
多重代表訴訟で最初に確認するのは、問題となる会社が「最終完全親会社等」の完全子会社等に当たるかです。会社名に「ホールディングス」が付いているか、連結子会社として表示されているかだけでは判断できません。
最終完全親会社等とは
最終完全親会社等とは、対象会社の完全親会社等であり、さらにその上に完全親会社等が存在しない最上位の株式会社をいいます。直接100%保有する場合だけでなく、最終完全親会社等とその完全子会社等が合計で対象会社の全株式を保有するなど、法定の間接保有関係が含まれることがあります。
A社がB社の全株式を保有し、B社がC社の全株式を保有している場合、A社が最上位の最終完全親会社等、B社とC社が完全子会社等となり得ます。A社の株主がB社又はC社の役員責任を追及できるかは、1%要件、帳簿価額要件、損害その他の要件をさらに確認します。
外部株主がいる子会社は原則として対象外
対象会社の株式を、最終完全親会社等とその完全子会社等以外の者が一部でも保有している場合、原則として会社法847条の3の完全保有関係を満たしません。「議決権の大部分を親会社が持つ」「実質的に支配している」「連結子会社である」というだけでは足りません。
もっとも、最終完全親会社等が対象会社株式を直接100%保有していなくても、完全子会社等を通じた間接保有や、グループ内の複数会社による合計100%保有が法定の関係に含まれることがあります。登記事項証明書だけでは株主構成が分からないため、株主名簿、関係会社明細、出資関係図、組織再編資料を確認します。
| 会社関係の例 | 多重代表訴訟の入口 |
|---|---|
| A社がB社株式を100%保有 | A社が最終完全親会社等に当たるかを確認し、他の要件へ進みます |
| A社がB社を100%、B社がC社を100%保有 | A社株主によるB社・C社役員の責任追及が対象となり得ます |
| A社がB社株式の99%を保有し、外部株主が1%保有 | 原則として会社法847条の3の完全保有関係を満たしません |
| A社がB社を連結子会社として実質支配するが持分は60% | 連結子会社であるだけでは多重代表訴訟を利用できません |
会社法847条の3が定める主な要件
多重代表訴訟を提起するには、会社グループの要件だけでなく、株主の持株要件、対象となる責任の重要性、最終完全親会社等の損害、提訴請求などを満たす必要があります。要件を一つずつ切り分けて確認することが重要です。
最終完全親会社等の議決権又は株式を1%以上持つこと
請求する株主は、最終完全親会社等の総株主の議決権の1%以上、又は発行済株式の1%以上を持つ必要があります。議決権基準と株式数基準のいずれかを満たせば足ります。自己株式や議決権を行使できない株主の扱いを含め、実際の計算は株主名簿と種類株式の内容に即して行います。
定款で1%を下回る割合が定められている場合は、その割合が基準になります。少数株主が複数いる場合に持分をどう扱うか、名義株や共同保有をどう評価するかは、株主名簿上の名義と実質的権利関係を確認して判断します。
公開会社では原則6か月継続保有すること
最終完全親会社等が公開会社である場合、原則として、請求する株主は6か月前から引き続き株式を保有している必要があります。定款でより短い期間が定められている場合は、その期間によります。
最終完全親会社等が公開会社でない場合、会社法847条の3の6か月継続保有要件はありません。ただし、請求時に必要な株式又は議決権を持っていることや、訴訟中の株主資格に関する問題は別途確認します。
会社法上の「公開会社」は上場会社と同義ではありません。発行する全部又は一部の株式について譲渡制限を設けていない株式会社を指すため、非上場会社でも公開会社に当たることがあります。
対象会社の株式の帳簿価額が総資産額の5分の1を超えること
追及対象となる「特定責任」は、責任原因となる事実が生じた日に、最終完全親会社等とその完全子会社等が保有する対象会社株式の帳簿価額が、最終完全親会社等の総資産額の5分の1を超える場合の責任です。定款でこれを下回る割合が定められている場合は、その割合によります。
重要なのは、対象会社の売上高、利益、時価総額ではなく、原則として株式の「帳簿価額」を用いることです。また、基準日は提訴請求日や訴訟提起日ではなく、役員等の責任原因となる事実が生じた日です。後の減損処理や組織再編だけを見て判断すると誤るおそれがあります。
複数年にわたる取引や継続的な監督義務違反では、責任原因事実がいつ生じたか自体が争点になります。各時点の対象会社株式の帳簿価額、最終完全親会社等の総資産額、定款の割合を対応させて確認します。
最終完全親会社等にも損害が生じること
対象会社に損害が生じても、その責任原因事実によって最終完全親会社等に損害が生じない場合は、多重代表訴訟の提訴請求をすることができません。対象会社の損失が親会社の保有株式価値、配当可能性、財務負担などにどのように影響したかを検討します。
また、株主又は第三者の不正な利益を図る目的や、対象会社又は最終完全親会社等に損害を加える目的で行う訴えも認められません。経営権争いの存在だけで直ちに不当目的になるわけではありませんが、責任追及の客観的根拠と会社利益を明確にする必要があります。
対象会社の役員等に実体上の責任があること
1%要件や帳簿価額要件は、訴えを利用するための入口です。訴訟で請求が認められるには、対象会社の取締役等について、任務懈怠、対象会社の損害、因果関係、故意・過失など、追及する責任の実体要件を主張立証しなければなりません。
例えば、対象会社資金の私的流用、無承認の利益相反取引、不合理な資産処分、内部統制の放置などが問題になり得ます。損失が出たという結果だけで責任が決まるわけではないため、取締役の任務懈怠責任の要件に沿って、役員ごとの任務と関与を整理します。
対象会社が100%子会社でも、1%要件、帳簿価額の5分の1超、最終完全親会社等の損害などを満たさなければ、多重代表訴訟は利用できません。その場合は、親会社取締役の責任追及や、対象会社自身・直接株主による請求など別の経路を検討します。
提訴請求と60日ルール
多重代表訴訟でも、原則として、いきなり対象会社の役員等を訴えることはできません。まず、対象会社に対し、特定責任追及の訴えを提起するよう請求します。
請求先は最終完全親会社等ではなく対象会社
提訴請求の相手は、最終完全親会社等ではなく、損害を受け、役員等に対する責任追及権を持つ対象会社です。例えば、A社の株主が、A社の完全子会社C社の取締役責任を追及する場合、提訴請求は原則としてC社に行います。
実際の送付先は、対象者が取締役か監査役か、対象会社が監査役設置会社か監査等委員会設置会社かなどにより確認します。責任追及対象者本人にだけ送ると、会社への提訴請求として適切に到達したかが争われるおそれがあります。
請求書に整理すべき事項
多重代表訴訟の提訴請求書では、通常の提訴請求事項に加え、企業グループ固有の資格を説明できる資料が重要です。
- 請求株主の氏名・住所、最終完全親会社等の株式数又は議決権数、取得時期
- 最終完全親会社等から対象会社までの完全保有関係
- 対象会社株式の帳簿価額と最終完全親会社等の総資産額、その基準日
- 責任追及対象となる役員等の氏名、役職、在任期間
- 問題行為の日時、契約、支払、承認、任務懈怠の内容
- 対象会社の損害と、最終完全親会社等に生じた損害
- 会社に求める請求内容、損害額、添付資料
提訴請求書の事実特定、到達証明、送付先の考え方は、株主代表訴訟の提訴請求書の書き方も参考になります。ただし、多重代表訴訟では、通常の提訴請求に加えて1%要件や帳簿価額要件を説明できる資料が必要です。
対象会社が60日以内に訴えなければ株主が提起できる
提訴請求の日から60日以内に対象会社が特定責任追及の訴えを提起しない場合、請求した最終完全親会社等の株主は、対象会社のために訴えを提起できます。到達日と請求内容を後で証明できるよう、書面、配達記録、添付資料の控えを保管します。
対象会社が訴えを提起しなかったときは、請求株主又は被告となるべき発起人等から求められれば、対象会社は不提訴理由を遅滞なく通知する必要があります。不提訴理由通知を受けた場合は、調査範囲、判断者の独立性、事実認定、法的評価を検討します。
回復できない損害のおそれがあれば直ちに提起できることがある
60日を待つことで対象会社に回復することができない損害が生じるおそれがある場合、例外的に直ちに訴えを提起できることがあります。時効完成が迫る、資産散逸が切迫する、証拠が失われるなど、待機による具体的な危険を説明できるかが重要です。
単に会社が信用できない、早く責任追及したいという理由だけで例外が認められるわけではありません。緊急提訴を検討する場合でも、株主資格、完全保有関係、特定責任の要件を満たすことを確認します。
誰が原告・被告となり、誰が賠償金を受け取るか
多重代表訴訟では、親会社、子会社、親会社株主、子会社役員が登場するため、当事者関係を混同しやすくなります。訴訟の名義と経済的な受益者を分けて確認します。
| 立場 | 多重代表訴訟での位置づけ |
|---|---|
| 最終完全親会社等の株主 | 要件を満たせば原告として対象会社のために訴えます |
| 対象会社の取締役等 | 特定責任を追及される被告となります |
| 対象会社 | 本来の権利者であり、勝訴時の支払先です |
| 最終完全親会社等 | 原則として賠償金の直接の受取人ではありません |
賠償金を株主個人へ請求する制度ではない
少数株主が多重代表訴訟を提起しても、損害賠償金を自分に支払うよう求めることはできません。対象会社への支払を求めます。株主個人に直接損害が生じた場合には、会社法429条や不法行為など別の請求を検討します。
この点は、会社の損害回復よりも株式売却や金銭取得を主な目的とする場合の手段選択に直結します。訴訟を起こす前に、対象会社の損害回復、親会社の企業価値回復、経営是正、株式買取交渉のどれを目指すのかを整理します。
管轄・手数料・担保提供
特定責任追及の訴えは、原則として対象会社の本店所在地を管轄する地方裁判所の専属管轄です。訴額の算定上は、財産権上の請求でないものとみなされます。
また、被告は、原告が悪意で訴えを提起したことを疎明して、相当な担保の提供を申し立てることがあります。訴訟費用や弁護士費用、会社への費用償還の可能性については、株主代表訴訟の費用負担も確認し、回収される金銭が対象会社に帰属することを前提に判断します。
親会社取締役の監督責任を追及する方法との違い
子会社で不正が起きた場合、多重代表訴訟だけが選択肢ではありません。誰の任務懈怠によって、どの会社に損害が生じたかにより、親会社取締役への通常の株主代表訴訟が問題になることがあります。
| 比較項目 | 多重代表訴訟 | 親会社取締役への通常代表訴訟 |
|---|---|---|
| 主な責任追及対象 | 対象子会社の取締役等 | 最終親会社又は親会社の取締役等 |
| 問題となる任務 | 子会社に対する任務懈怠 | 親会社に対する子会社管理・監督上の任務懈怠 |
| 損害を受けた会社 | 対象子会社 | 親会社 |
| 主な制度 | 会社法847条の3 | 会社法847条 |
| 賠償金の支払先 | 対象子会社 | 親会社 |
| 重要な立証 | 子会社役員の義務違反と子会社損害 | 親会社役員の情報、赤旗、監督可能性と親会社損害 |
親会社取締役の責任は、子会社で不正が起きたという結果だけで認められるものではありません。親会社取締役の担当、受けた報告、異常徴候、グループ管理体制、調査・是正可能性を検討します。詳しくは、取締役の監督・監視義務と内部統制をご覧ください。
福岡魚市場事件は多重代表訴訟ではない
福岡地裁平成23年1月26日判決は、親会社の株主が、100%子会社への保証、貸付け、債権放棄等によって親会社に18億8000万円の損害が生じたとして、親会社の代表取締役等の責任を追及した通常の株主代表訴訟です。
同事件で追及されたのは、子会社役員の子会社に対する責任ではなく、親会社取締役の親会社に対する責任でした。また、会社法847条の3が設けられる前の事件です。「100%子会社が登場する事件」というだけで、多重代表訴訟の事例と分類しないよう注意が必要です。
二つの責任追及が並行して問題になることもある
同じ子会社不正について、子会社役員の子会社に対する責任と、親会社取締役の親会社に対する監督責任が別々に問題になることがあります。ただし、損害の帰属、因果関係、二重回収の防止、各役員の任務は異なります。
多重代表訴訟の要件を満たさないからといって、親会社取締役の責任が自動的に成立するわけでもありません。対象会社、責任追及対象者、損害を受けた会社を固定して、請求ごとに要件を整理します。
確認すべき資料と実務上の進め方
多重代表訴訟では、子会社不正の証拠だけでなく、原告適格と企業グループ要件を証明する資料が必要です。入口要件と実体責任を分けて資料を集めると、検討漏れを減らせます。
| 確認分野 | 主な資料 | 確認する内容 |
|---|---|---|
| 親会社株主の資格 | 株主名簿、株式取引記録、定款 | 1%要件、取得日、継続保有期間、定款による緩和 |
| 完全保有関係 | 各社の株主名簿、関係会社明細、組織再編契約、出資関係図 | 最終完全親会社等、直接・間接100%保有、外部株主の有無 |
| 帳簿価額要件 | 総勘定元帳、貸借対照表、子会社株式勘定、定款 | 責任原因事実発生日の株式帳簿価額、総資産額、適用割合 |
| 対象役員の責任 | 取締役会資料、契約書、稟議、入出金明細、メール、監査資料 | 任務、関与、義務違反、対象会社損害、因果関係 |
| 親会社の損害 | 評価資料、減損資料、配当資料、財務支援資料 | 責任原因事実が最終完全親会社等に及ぼした損害 |
| 提訴請求 | 請求書、配達証明、添付資料、不提訴理由通知 | 請求先、到達日、対象行為、60日経過、会社の判断 |
検討は六つの順番で進める
- 対象会社までの直接・間接の株主関係を図にする
- 最終完全親会社等の株主として1%要件と継続保有期間を確認する
- 責任原因事実発生日を特定し、帳簿価額の5分の1超を計算する
- 対象会社役員ごとに任務懈怠、対象会社損害、因果関係を整理する
- 最終完全親会社等の損害と不当目的の不存在を確認する
- 対象会社への提訴請求、60日経過、訴訟提起の準備を進める
この順序で確認すると、子会社役員の不正が強く疑われても、企業グループ要件や帳簿価額要件を満たさないため別の手段を選ぶべき事案を早期に区別できます。
親会社株主が子会社帳簿を当然に見られるわけではない
最終完全親会社等の株主であっても、対象子会社の会計帳簿等を無条件に閲覧できるわけではありません。会社法433条3項により、一定の株主要件を満たす親会社社員が権利行使のため必要とする場合、裁判所の許可を得て子会社の会計帳簿等の閲覧・謄写を求められることがあります。
もっとも、この帳簿閲覧の株主要件や拒絶事由は、多重代表訴訟の1%要件とは別です。「多重代表訴訟を検討しているから当然に子会社帳簿を見られる」と考えず、親会社側の情報請求、裁判所の許可、文書提出命令、証拠保全などを事案に応じて検討します。
支配株主やグループ経営陣との対立が強い事案では、提訴請求を送ることで調査対象が相手方に伝わります。消去されやすいメール、会計データ、稟議資料がある場合は、請求前に保全方法を検討することが重要です。
多重代表訴訟の判例・事例を調べる際の注意
会社法847条の3を正面から適用した公刊裁判例は多くなく、通常の株主代表訴訟のように、判例だけから要件を組み立てることは困難です。実務では、現行条文、会社法施行規則、立法資料、企業グループの具体的な資本関係と会計資料を中心に検討します。
事件名ではなく訴訟構造を確認する
「親会社」「子会社」「グループ会社」が登場する判決でも、多重代表訴訟とは限りません。判例や事例を確認するときは、少なくとも次の点を確認します。
- 原告が対象会社の直接株主か、最終完全親会社等の株主か
- 被告が親会社役員か、対象子会社の役員等か
- 追及している損害が親会社の損害か、対象子会社の損害か
- 請求の根拠が会社法847条か、847条の3か
- 賠償金の支払先が親会社か、対象子会社か
- 責任原因事実が制度施行前か後か
福岡魚市場事件のように、100%子会社が問題の中心でも、親会社取締役の責任を親会社のために追及した通常代表訴訟があります。検索結果の見出しだけで「多重代表訴訟の判例」と判断せず、主文、当事者、請求原因を確認します。
条文要件を会社ごとの数字へ落とし込む
多重代表訴訟では、「重要な子会社」という一般論だけでは足りません。対象会社株式の帳簿価額と最終完全親会社等の総資産額を、責任原因事実発生日の数値で計算する必要があります。
連結財務諸表上の子会社資産、事業価値、時価評価をそのまま使うものではありません。組織再編、株式取得、減損、会社分割などがある場合は、法定の計算方法と各時点の帳簿記録を確認します。
よくある質問
親会社が子会社株式の100%を持っていなければ使えませんか
原則として、会社法847条の3が定める完全保有関係を満たす必要があります。外部株主が一部でもいる子会社は通常対象になりません。ただし、最終完全親会社等とその完全子会社等が合計で全株式を持つ間接保有構造もあるため、グループ全体の株主関係を確認します。
1%とは対象子会社の株式の1%ですか
いいえ。原告となる株主が持つべきなのは、対象会社の最終完全親会社等の議決権又は発行済株式の1%以上です。対象子会社株式の保有割合ではありません。定款により1%を下回る割合が定められている場合があります。
非公開会社の株主も6か月待つ必要がありますか
最終完全親会社等が公開会社でない場合、会社法847条の3の6か月継続保有要件はありません。会社法上の公開会社は上場会社と同義ではないため、定款の株式譲渡制限を確認します。
小規模な完全子会社の役員も追及できますか
完全子会社であるだけでは足りません。原則として、責任原因事実発生日に、対象会社株式の帳簿価額が最終完全親会社等の総資産額の5分の1を超える必要があります。定款でより低い割合が定められていない限り、小規模子会社は対象外になることがあります。
提訴請求は親会社と子会社のどちらに出しますか
責任追及権を持つ対象会社に出します。最終完全親会社等の株主が、対象会社に対して、対象会社の取締役等への特定責任追及の訴えを提起するよう請求します。実際の宛先は対象会社の機関設計と被請求者に応じて確認します。
勝訴した賠償金は親会社株主が受け取れますか
受け取れません。賠償金の支払先は原則として損害を受けた対象会社です。親会社株主が自分への支払を求める制度ではありません。
親会社取締役の監督義務違反も同じ訴訟で追及できますか
責任の相手方と損害を受けた会社が異なるため、別の請求として整理します。子会社役員の子会社に対する責任は多重代表訴訟、親会社取締役の親会社に対する監督責任は通常の株主代表訴訟が問題になります。事案によって両方を検討することはあります。
親会社株主は子会社の帳簿を見られますか
当然に閲覧できるわけではありません。会社法433条3項に基づく閲覧謄写には、多重代表訴訟とは別の株主要件や必要性があり、裁判所の許可も必要です。取得できない資料は、他の情報収集手段や訴訟上の証拠手続を検討します。
まとめ
- 多重代表訴訟は、最終完全親会社等の株主が重要な完全子会社等の役員責任を対象会社のために追及する制度です
- 原則として、最終完全親会社等の議決権又は発行済株式の1%以上が必要です
- 責任原因事実発生日に、対象会社株式の帳簿価額が最終完全親会社等の総資産額の5分の1を超えることが基本です
- 対象会社への提訴請求後60日以内に会社が訴えなければ、株主が対象会社のために提起できます
- 賠償金の支払先は対象会社であり、親会社株主が直接受け取るものではありません
- 要件を満たさない場合は、親会社取締役への通常代表訴訟など別の責任追及方法を検討します
多重代表訴訟は、子会社役員の不正が疑われるというだけでは利用できません。最終完全親会社等から対象会社までの資本関係、親会社株主の1%要件、責任原因事実発生日の帳簿価額、対象会社と最終完全親会社等の損害を、資料に基づいて確認する必要があります。
企業グループが複雑な事案では、誰の責任を、どの会社のために、どの制度で追及するかによって、提訴請求先、必要資料、賠償金の帰属が変わります。対象会社役員への多重代表訴訟と、親会社取締役への監督責任追及を分けて検討することが重要です。
坂尾陽弁護士
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