株主代表訴訟の提訴請求とは、少数株主がいきなり取締役などを訴える前に、会社に対して「会社自身が責任追及の訴えを起こしてください」と求める手続です。提訴請求書では、誰の、どの行為について、どのような会社損害があり、会社にどの責任追及を求めるのかを、会社が検討できる程度に特定する必要があります。
非上場会社や同族会社では、代表取締役側が会社を支配しているため、会社自身が責任追及に動かないことがあります。その場合でも、送付先、対象者、問題行為、損害、60日ルールを誤ると、後の株主代表訴訟で訴訟要件を争われるおそれがあります。提訴請求書は単なる形式書類ではなく、責任追及の入口となる重要な整理資料です。
- 株主代表訴訟では、原則として訴訟前に会社への提訴請求が必要です
- 送付先は、会社の機関設計と責任追及対象に応じて確認します
- 提訴請求書には、被告となるべき者と請求を特定するために必要な事実を記載します
- 60日を待つ場合と、回復できない損害のおそれがあり直ちに提訴する場合を区別します
- 万能ひな形を流用するのではなく、後の訴状との整合性まで見て作成します
坂尾陽弁護士
2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~ 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業
Contents
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株主代表訴訟の提訴請求とは
株主代表訴訟は、会社が取締役などの役員等に対して責任追及をしない場合に、株主が会社のために責任追及等の訴えを提起する制度です。もっとも、株主が直ちに訴えを提起できるわけではなく、原則として、まず会社に対し、会社自身が責任追及等の訴えを提起するよう請求する必要があります。これが提訴請求です。
提訴請求の趣旨は、会社に対して、責任追及の要否や当否を調査・判断する機会を与えることにあります。会社が請求を受けて適切に調査し、必要であれば会社自身が訴えを提起すれば、株主が代表訴訟を提起する必要は小さくなります。一方、会社が動かない場合には、一定期間の経過後に株主が会社のために訴えを提起することができます。
代表訴訟の全体像、賠償金が会社に帰属すること、原告適格、費用の入口については、株主代表訴訟とは|少数株主が取締役の責任追及を検討する前に知るべきことで解説しています。本記事では、そのうち提訴請求書の実務に絞って説明します。
提訴請求は「会社に検討機会を与える」手続
提訴請求書は、相手方役員への警告文ではありません。会社に対して、どの役員のどの責任を会社として追及すべきかを示す書面です。そのため、単に「社長が不正をしている」「会社に損害がある」と抽象的に書くだけでは不十分になり得ます。
会社が調査できる程度に、対象者、行為、時期、損害、責任原因を整理することが重要です。もっとも、訴状のようにすべての請求原因事実を詳細に網羅しなければならないという発想で硬直的に考える必要もありません。事案の内容、会社が既に把握している資料、請求書に添付する資料を踏まえ、責任追及の対象が分かるように特定します。
提訴請求書は万能ひな形では処理しにくい
提訴請求書には一定の共通項目があります。しかし、会社資金の私的流用、利益相反取引、監督義務違反、違法な役員報酬、子会社支援などでは、書くべき事実と証拠が異なります。ひな形の文言だけを流用すると、実際に争うべき責任原因や損害が抜けることがあります。
特に少数株主側では、会社側に資料が偏っていることが多いため、手元資料で特定できる事実と、会社に調査を求める事実を分けて書く必要があります。提訴請求書は完成された訴状ではありませんが、後の訴状、証拠収集、交渉の土台になる書面です。
提訴請求前に確認すべき原告適格と対象責任
提訴請求書の内容に入る前に、まず自分が提訴請求できる株主か、追及しようとしている責任が代表訴訟の対象になるかを確認します。ここを誤ると、書面の中身が整っていても、後の訴訟に進めないことがあります。
| 確認事項 | 主な内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 株主であること | 請求時点で対象会社の株式を保有しているか | 名義株、相続、譲渡、株主名簿の記載を確認します |
| 継続保有要件 | 公開会社では原則として6か月前から引き続き株式を有する株主か | 非公開会社では扱いが異なるため、会社の公開会社該当性を確認します |
| 対象となる責任 | 会社法423条の任務懈怠責任、利益相反取引の責任、取引債務など | 会社の損害を会社のために回復する請求かを確認します |
| 被告となるべき者 | 取締役、元取締役、監査役、会計監査人など | 在任時期、担当、関与、退任後の扱いを整理します |
| 会社損害 | 会社資金の流出、過大支払、回収不能、信用失墜後の支出など | 株主個人の損害と会社損害を混同しないようにします |
会社の損害か、株主個人の損害かを分ける
株主代表訴訟は、会社の損害を会社のために回復する制度です。たとえば取締役が会社資金を私的に流用した場合、会社から流出した資金を会社へ戻すことが基本になります。原告株主が勝訴しても、賠償金は原則として会社へ支払われます。
これに対し、株式の希釈化、締出し、株主権の直接侵害などにより株主個人に直接損害が生じた場合は、会社法429条その他の請求を検討する場面があります。会社の損害か株主個人の損害かの分岐は、株主が取締役へ直接損害賠償請求できる場合|会社法429条と株主代表訴訟の違いを確認してください。
責任原因ごとに必要な事実は異なる
任務懈怠責任の総論は、取締役の任務懈怠責任とは|会社法423条・善管注意義務違反の要件で解説しています。提訴請求書では、総論を抽象的に書くのではなく、問題となる責任類型に合わせて事実を整理します。
- 会社資金の横領・私的流用では、支出先、口座、法人カード、契約実体、領収書を確認します
- 利益相反取引では、相手方との関係、承認機関、価格、重要事実の開示を確認します
- 監督・監視義務違反では、赤旗、報告資料、内部統制、是正可能性を確認します
- 経営判断が問題になる場合は、判断当時の資料、検討過程、専門家意見、代替案比較を確認します
提訴請求書の送付先をどう確認するか
提訴請求書で特に事故が起きやすいのが送付先です。日常感覚では「会社宛て」「代表取締役宛て」と考えがちですが、責任追及の対象者と会社の機関設計によって、会社を代表して請求を受けるべき者が変わります。
代表取締役の責任を追及したいのに、代表取締役本人だけに送っても、会社に適切な検討機会を与えたと評価されるか問題になり得ます。提訴請求書を作成するときは、会社の登記、定款、機関設計、監査役・監査等委員・監査委員の有無、責任追及対象を確認します。
| 責任追及対象 | 送付先確認の考え方 | 実務上の注意 |
|---|---|---|
| 取締役・元取締役 | 監査役設置会社では、会社と取締役との間の訴えについて監査役が会社を代表する場面が基本になります | 監査役全員宛てにするか、代表権限のある監査役をどう特定するかを確認します |
| 監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社 | 監査等委員又は監査委員が会社を代表する場面を確認します | 委員会設置の有無、対象者が委員自身かどうかで整理が変わります |
| 監査役の責任 | 取締役責任追及の場合とは異なり、会社を代表する者を別途確認します | 監査役宛てと代表取締役宛てを機械的に使い回さないようにします |
| 会計監査人・その他の役員等 | 会社法上の代表権限と責任追及対象を確認します | 対象者が複数いる場合は、送付先を分ける必要がないか確認します |
| 機関設計が不明な会社 | 登記事項証明書、定款、株主総会資料、会社サイト等を確認します | 不明なまま代表取締役宛てだけで処理しないことが重要です |
本店所在地への送付だけで安心しない
会社の本店所在地へ送付することは、到達立証の面では重要です。しかし、誰宛ての請求なのかが曖昧なままだと、会社を代表して受領すべき者に対する請求といえるかが争点になり得ます。封筒の宛名、本文の宛先、請求書の冒頭、送付状の記載をそろえておきましょう。
複数の対象者がいる場合は送付先も再確認する
代表取締役、他の取締役、監査役、元役員など複数の責任を一度に問題にする場合、同じ送付先で足りるとは限りません。対象者ごとに会社を代表する者が異なる可能性があるため、まとめて請求する場合でも、宛先と請求対象の対応関係を明確にします。
送付先に不安があるときは、請求書を複数の適切な候補者へ送る、送付状で趣旨を明確にする、後の訴訟で問題にならないよう到達資料を残すなど、事案に応じた設計が必要です。
提訴請求書に記載する事項
提訴請求は、会社法上、書面その他の法務省令で定める方法により行うことが予定されています。実務上は、提訴請求書に、被告となるべき者、請求の趣旨、請求を特定するために必要な事実を記載します。
ただし、提訴請求書は「短いほどよい」ものでも、「長ければ安全」なものでもありません。会社が責任追及の要否を検討でき、後の訴状との整合性を保てるよう、必要な事実を過不足なく整理することが重要です。
| 項目 | 記載する内容 | 作成上の注意 |
|---|---|---|
| 請求者 | 株主の氏名・住所、保有株式、保有開始時期 | 株主名簿上の名義、相続・譲渡の経緯がある場合は確認します |
| 宛先 | 会社を代表して請求を受ける者 | 責任追及対象と機関設計に応じて記載します |
| 被告となるべき者 | 責任追及対象の役員等の氏名、役職、在任時期 | 元役員を含む場合は在任期間と問題行為の時期を対応させます |
| 問題行為 | 契約、支払、承認、放置、不正隠蔽などの具体的行為 | 日時、金額、相手方、資料番号をできる限り示します |
| 責任原因 | 善管注意義務違反、忠実義務違反、利益相反、監督義務違反など | 抽象的な法令名だけでなく、何をすべきだったかを書きます |
| 会社損害 | 流出額、過大支払額、回収不能額、追加支出、信用回復費用など | 概算の場合は根拠と未確定部分を分けます |
| 因果関係 | 義務違反がなければ防げた損害、回収できた可能性 | 監督義務違反では「どの時点以降の損害か」を意識します |
| 求める対応 | 会社が責任追及等の訴えを提起すること | 返還請求、損害賠償請求、取引債務の履行請求などを整理します |
| 添付資料 | 議事録、契約書、会計資料、メール、登記、請求書、入出金明細など | 原本ではなく写しを添付し、原本は保管します |
対象行為は時系列で整理する
提訴請求書では、問題行為を時系列で書くと、会社が調査しやすくなります。たとえば、架空業務委託が疑われる場合は、契約締結日、取締役会承認の有無、支払日、支払額、成果物の有無、相手方との関係、発覚後の対応を並べます。
監督義務違反が問題になる場合は、不正の発生時点だけでなく、どの時点で赤旗が出たか、誰が報告を受けたか、調査や停止が可能だったかを整理します。単に「取締役全員が責任を負う」と書くのではなく、取締役ごとの関与と情報を分けることが重要です。
請求の特定不足を避ける
提訴請求書が抽象的すぎると、会社側から「どの責任追及を求められているのか分からない」と争われるおそれがあります。少なくとも、対象者、対象行為、期間、損害、責任原因の骨格は記載しましょう。
一方で、手元資料だけでは金額や全容が分からないこともあります。その場合は、判明している事実を明示したうえで、会社に対し、関連資料の調査と責任追及を求める形にします。未確認部分を断定しすぎると、後に事実関係と合わなくなるため注意が必要です。
後の訴状とのズレを意識する
提訴請求書に書いた対象行為と、後に提起する訴状の対象行為が大きくずれると、提訴請求を経ていない責任追及をしていると争われることがあります。後で新たな行為や対象者を追加する可能性がある場合は、追加の提訴請求が必要になるかも含めて検討します。
提訴請求書の項目例
以下は、提訴請求書で整理する項目の例です。個別事案にそのまま貼り付ければ足りる完成ひな形ではありません。実際には、会社の機関設計、責任追及対象、証拠、時効、訴訟方針に応じて調整してください。
| 項目例 | 記載イメージ | 注釈 |
|---|---|---|
| 表題 | 責任追及等の訴え提起請求書 | 何の請求か分かる表題にします |
| 宛先 | 株式会社〇〇 監査役〇〇殿 | 取締役責任追及なら、監査役等が受領すべき場面を確認します |
| 請求者 | 株主〇〇、住所、保有株式数 | 代理人弁護士が送る場合は委任関係も示します |
| 請求の趣旨 | 会社が、対象役員に対し、会社法423条1項等に基づく損害賠償請求訴訟を提起することを請求する | 返還請求や取引債務履行請求を含めるか検討します |
| 被告となるべき者 | 代表取締役〇〇、取締役〇〇、元取締役〇〇 | 在任時期、担当部署、関与内容を本文で補足します |
| 責任原因事実 | 令和〇年〇月頃から令和〇年〇月頃までの支払、契約、承認、放置など | 一つの書面に詰め込みすぎる場合は別紙を使います |
| 会社損害 | 少なくとも〇円、又は現時点で判明している範囲で〇円 | 概算、未確定、資料不足の部分を区別します |
| 添付資料 | 資料1:取締役会議事録、資料2:契約書、資料3:入出金明細など | 資料番号を本文中の事実と対応させます |
| 回答・通知 | 訴えを提起しない場合は、その理由の通知を求める | 不提訴理由通知への導線を明確にします |
別紙を使って事実と資料を対応させる
事案が複雑な場合、本文にすべてを書き込むと読みづらくなります。請求書本文では請求の趣旨と骨格を明確にし、別紙で時系列表、対象支払一覧、資料一覧を付ける方法があります。
たとえば、会社口座から複数回の不自然な送金がある場合は、送金日、金額、支払先、名目、承認資料、疑義の内容を一覧化します。利益相反取引では、相手方会社、役員との関係、契約日、取引金額、承認機関、価格根拠を一覧化します。
断定と疑いを使い分ける
提訴請求書では、証拠上明らかな事実と、調査を求める疑いを分けて書くことが重要です。たとえば「令和〇年〇月〇日に〇円が支出された」は資料で確認できる事実である一方、「業務実体がなかった」と断定できるかは、契約書、成果物、関係者、支払先の実態によって変わります。
犯罪成立を断定する必要もありません。会社法上の責任追及を求める書面では、まず会社財産の流出、取締役の任務、承認手続、損害を整理します。刑事告訴・告発を検討する場合でも、提訴請求書とは目的と要件が異なるため、文言を分けて検討します。
送付方法・到達立証・原本保管
提訴請求では、会社にいつ請求が到達したかが重要です。60日ルールの起算や、会社が不提訴理由を通知すべき時期に関わるためです。実務上は、内容証明郵便と配達証明、書留、受領書付きの交付など、到達日を証明できる方法を選ぶことが多いです。
ただし、内容証明郵便を使えば必ず適法になるわけではありません。内容証明は、どのような文書を、いつ発送したかを証明する手段にすぎません。送付先が誤っていたり、請求対象が特定されていなかったりすれば、内容証明で送っても問題は残ります。
- 発送日だけでなく、会社側への到達日を記録する
- 封筒、控え、配達証明、追跡番号、受領印を保管する
- 添付資料は原本ではなく写しを送り、原本は手元に残す
- メール等の電磁的方法を使う場合は、受領権限と到達立証を慎重に確認する
- 代理人名で送る場合は、委任関係と連絡先を明確にする
内容証明郵便は「必須」ではなく「立証手段」
内容証明郵便は、提訴請求書の内容と発送を証明しやすい方法です。配達証明を付ければ到達日も管理しやすくなります。そのため、後に代表訴訟へ進む可能性が高い事案では有用です。
もっとも、内容証明郵便には字数・形式上の制約があり、別紙や資料が多い事案では扱いにくいことがあります。その場合は、請求書本体を内容証明で送り、別紙・資料を別便で送る、又は書留等を併用するなど、証拠化と読みやすさを両立させます。
資料を送る範囲も戦略的に決める
提訴請求書に資料を添付すると、会社が検討しやすくなります。一方で、手元証拠の全てを相手方に開示することが常に適切とは限りません。資料の散逸や口裏合わせのおそれがある場合、どこまで資料を出すかは慎重に判断します。
ただし、証拠を出さなさすぎると、会社が「検討できない」と主張する余地も生じます。提訴請求書では、会社が調査すべき対象を特定できる程度の資料と説明を付け、原本や機微情報の扱いは個別に検討します。
60日ルール・不提訴理由通知・緊急時例外
会社が提訴請求を受けた日から60日以内に責任追及等の訴えを提起しない場合、請求した株主は、原則として会社のために責任追及等の訴えを提起できます。実務では、発送日ではなく会社側への到達日を基準に、60日経過日を慎重に管理します。
会社が60日以内に訴えを提起した場合は、株主が同じ責任について代表訴訟を提起する必要性や適法性が問題になります。会社が一部だけ提訴した場合、対象者や対象行為がずれている場合には、なお株主側で何を請求できるかを検討します。
会社が返答しない場合
会社が返答しないまま60日が経過した場合でも、請求した株主は直ちに訴訟を提起すべきとは限りません。訴訟に進む前に、提訴請求書の対象行為、送付先、到達資料、証拠、時効、費用、会社との交渉余地を再確認します。
代表訴訟は、会社のために行う制度です。勝訴しても賠償金は原則として会社に入ります。費用面は、株主代表訴訟の弁護士費用は会社に請求できる?会社法852条と費用負担も確認しておくと、手続選択の現実性を判断しやすくなります。
不提訴理由通知を求める
会社が提訴請求を受けたにもかかわらず訴えを提起しない場合、請求した株主は、会社に対して訴えを提起しない理由の通知を求めることができます。不提訴理由通知は、会社がどの事実を認定し、どのような理由で責任追及しないと判断したのかを把握する手掛かりになります。
もっとも、不提訴理由通知が形式的・抽象的な内容にとどまる場合もあります。その場合でも、会社側の主張の方向性、調査の有無、資料の扱いを見極め、代表訴訟に進むか、追加資料取得を優先するかを検討します。
60日を待たずに訴えられる例外
60日の期間が経過するのを待っていると、会社に回復することができない損害が生ずるおそれがある場合には、提訴請求を経ずに株主が責任追及等の訴えを提起できる例外があります。たとえば、時効完成が迫っている、資産散逸のおそれが強い、対象行為が継続しているなど、緊急性が問題になる場面です。
ただし、緊急時例外は安易に使うべきものではありません。例外に当たらないのに提訴請求を省略すると、訴訟要件を争われるおそれがあります。60日を待てない事情がある場合は、差止め、仮処分、提訴請求の同時実施、追加請求なども含めて設計する必要があります。
提訴請求の瑕疵が問題になった裁判例
提訴請求の送付先や時期に問題があると、後の株主代表訴訟で訴えの適法性が争われることがあります。大阪高裁平成18年6月9日判決は、いわゆるダスキン株主代表訴訟の控訴審で、提訴請求の瑕疵とその治癒が問題になった事案です。
同判決では、訴訟提起後に提訴請求がされた点などが争われましたが、会社に責任追及の訴えを提起するかどうかを検討する機会が与えられ、その後60日間、会社が訴えを提起せず、訴訟参加もせず、何らかの意思表明もしなかったという事情の下で、瑕疵は治癒されたと判断されました。
もっとも、この裁判例を「提訴請求に不備があっても後で何とかなる」という一般ルールとして読むのは危険です。判決が重視したのは、制度趣旨に照らして会社に検討機会が与えられたか、60日間の会社の対応がどうだったかという具体的事情です。通常の実務では、訴訟前に、適切な相手に、適切な内容で、到達を証明できる形で提訴請求を行うことを基本にすべきです。
瑕疵治癒に頼る前提で進めない
提訴請求の瑕疵が後で治癒されるかは、事案ごとの判断です。裁判所が常に治癒を認めるわけではありません。送付先を誤った、対象者が違う、請求内容が特定されていない、60日経過前に提訴したなどの問題があると、訴訟の入口で争点化し、時間と費用を浪費する可能性があります。
少数株主側としては、責任追及の中身だけでなく、手続面でも争点を増やさないことが重要です。特に、支配株主側との対立が激しい事案では、会社側は手続的な不備を積極的に争ってくることがあります。
不存在確認裁判例を使わない
提訴請求に関する裁判例を調べる際は、出典と裁判例の存在確認が重要です。本記事では、存在確認できない裁判例を根拠にしていません。裁判例名や日付だけを見て安易に引用するのではなく、判決原文、掲載誌、裁判所、事件番号、判示内容を確認してから使う必要があります。
提訴請求後に訴訟へ進む前のチェック
60日が経過したからといって、すぐに訴訟を起こすのが常に最善とは限りません。代表訴訟は、会社との関係、費用、証拠、回収可能性、売却・買取交渉への影響を伴います。提訴請求後は、会社の反応を踏まえて次の事項を確認します。
- 提訴請求書の到達日と60日経過日が明確か
- 送付先と受領権限に争いが出にくいか
- 訴状に書く対象行為が提訴請求書と整合しているか
- 追加で判明した行為について、追加提訴請求が必要か
- 時効・除斥期間・責任追及期間に問題がないか
- 会社の不提訴理由通知に対する反論を準備できるか
- 証拠資料、会計資料、議事録、メール、登記等を確保できているか
- 訴訟費用、弁護士費用、会社法852条による費用償還の見通しを確認したか
追加事実が出た場合の扱い
提訴請求後に新しい支出や別の対象者が判明することがあります。その場合、最初の提訴請求でカバーされているかを確認します。対象者、行為、期間、損害が大きく異なる場合には、追加の提訴請求を行う方が安全なことがあります。
一方で、時効が迫っている、会社財産の散逸が進んでいるなど、追加請求を待つ余裕がない場合もあります。そのような場合は、緊急時例外、請求の併合、後日の訴え変更、別訴などを含め、訴訟戦略として検討します。
提訴請求と交渉の関係
提訴請求書を送ると、会社側との関係は大きく変わることがあります。会社側が調査に動く場合もあれば、資料開示を拒み、対立が激化する場合もあります。少数株主にとっての目的が、会社損害の回復なのか、株式売却・買取交渉の前提整理なのかによって、進め方は異なります。
代表訴訟は強い手段ですが、株式売却の直接手段ではありません。提訴請求を出す前に、証拠保全、帳簿閲覧、株主総会対応、買取交渉への影響も含めて整理することが重要です。
株主代表訴訟の提訴請求に関するよくある質問
提訴請求書は誰宛てに送ればよいですか
責任追及対象と会社の機関設計によって変わります。取締役の責任を追及する場合、監査役設置会社では監査役が会社を代表して請求を受ける場面が基本です。監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社、監査役の責任追及などでは整理が変わるため、登記・定款・対象者を確認してください。
内容証明郵便は必須ですか
内容証明郵便そのものが常に法定必須というわけではありません。ただし、後で到達日や請求内容を証明しやすいため、代表訴訟に進む可能性がある事案では有用です。内容証明を使っても、送付先や記載内容に問題があれば安全とはいえません。
60日前に株主代表訴訟を提起できますか
原則として、提訴請求の日から60日以内に会社が訴えを提起しないことが必要です。ただし、60日を待つと会社に回復できない損害が生ずるおそれがある場合には、提訴請求を経ずに提起できる例外があります。例外に当たるかは慎重な判断が必要です。
会社が返事をしない場合はどうなりますか
会社が60日以内に訴えを提起しない場合、請求した株主は代表訴訟を提起できる可能性があります。また、会社に対して訴えを提起しない理由の通知を求めることも検討します。返事がない場合でも、訴訟前に送付先、対象行為、証拠、時効、費用を再確認しましょう。
提訴請求書に書かなかった行為を後で訴状に追加できますか
追加できるかは、最初の提訴請求で会社に検討機会が与えられていた範囲かによります。対象者、行為、期間、損害が大きく異なる場合には、追加の提訴請求を検討すべきです。後の訴状との整合性を意識して、最初の段階から対象行為を整理してください。
提訴請求書を送れば必ず代表訴訟に進めますか
必ず進めるわけではありません。株主の原告適格、送付先、請求内容の特定、60日経過、緊急時例外、対象責任、会社損害、時効などを確認する必要があります。提訴請求書は重要な入口ですが、それだけで勝訴可能性が決まるものではありません。
まとめ
- 提訴請求は、会社に責任追及の要否を検討する機会を与えるための手続です
- 提訴請求書では、被告となるべき者、問題行為、責任原因、会社損害を特定します
- 送付先は、会社の機関設計と責任追及対象に応じて確認します
- 内容証明郵便は有用な立証手段ですが、送付先・内容の不備を補う万能手段ではありません
- 60日ルール、不提訴理由通知、緊急時例外、瑕疵の問題を踏まえて次の手続を選択します
株主代表訴訟の提訴請求書は、少数株主が会社の責任追及を本格化させる入口です。形式だけを整えた書面ではなく、対象者、行為、損害、証拠、送付先、60日後の訴訟方針まで一体で整理する必要があります。
会社側が資料を持っている場合でも、提訴請求書の段階で何を特定でき、何を会社に調査させるべきかを切り分けることが重要です。手続の瑕疵で争点を増やさないためにも、提訴請求前に、原告適格、責任追及対象、送付先、到達方法、訴状との整合性を確認しておきましょう。
坂尾陽弁護士
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