取締役の任務懈怠責任とは、取締役が会社に対して負う具体的な任務を怠り、その結果として会社に損害を生じさせたときに負う損害賠償責任です(会社法423条1項)。会社に損失が出たという結果だけで直ちに成立するものではなく、誰が、いつ、どの任務に違反し、その違反がどの損害を生じさせたのかを具体的に結び付ける必要があります。
非上場会社や同族会社では、支配株主側の取締役が会社を動かしているため、会社自身が責任追及に動かないことがあります。少数株主が対応を検討する際は、感覚的な「経営が悪い」という評価ではなく、義務の根拠、意思決定の過程、資金の流れ、会社損害、因果関係を資料から整理することが重要です。
- 会社法423条は、取締役の会社に対する損害賠償責任を定めています
- 損失の発生だけでは足りず、具体的な任務と違反行為の特定が必要です
- 法令違反型と経営判断型では、責任の判断方法が異なります
- 会社の損害と株主個人の損害は、請求方法と賠償金の受取先が異なります
坂尾陽弁護士
2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~ 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業
Contents
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取締役の任務懈怠責任とは
会社法423条1項は、取締役などの役員等が「その任務を怠ったとき」は、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。本記事では、検索や実務で問題になりやすい取締役の責任を中心に説明します。
会社と取締役との関係には委任に関する規定が適用されるため、取締役は会社に対して善良な管理者としての注意義務、いわゆる善管注意義務を負います(会社法330条、民法644条)。また、取締役は法令・定款・株主総会決議を守り、会社のため忠実に職務を行う忠実義務も負います(会社法355条)。これらの義務に違反して会社に損害を生じさせることが、任務懈怠責任の典型です。
「任務」は取締役ごとに具体化する
取締役の任務は、単に「会社を適切に経営すること」という抽象的なものではありません。責任追及では、どの根拠から、いつ、どのような行為又は不作為が求められていたのかを具体化します。
- 法令・定款・株主総会決議:会社法その他の法令、定款、適法な株主総会決議に従う任務
- 役職・担当分掌:代表取締役、担当取締役、取締役会構成員として負う業務執行・監督上の任務
- 契約・社内規程:稟議規程、職務権限規程、決裁基準、取締役会規程などに基づく任務
- 具体的な状況:重大なリスクや不正の兆候を認識した後に、調査・停止・是正を行う任務
任務懈怠責任は会社の損害を回復する責任
会社法423条1項の責任は、取締役が会社に対して負う責任です。たとえば会社資金が不当に流出した場合、基本的には流出額その他の会社損害を会社へ回復することが問題になります。少数株主が株主代表訴訟を提起した場合でも、認められた賠償金の支払先は原則として会社です。
これに対し、株主自身の議決権や持分が直接侵害された場合などは、株主個人の損害として別の請求が問題になり得ます。会社損害と株主個人の損害を混同すると、請求根拠や受取先を誤るため注意が必要です。
任務懈怠責任の要件と確認すべきポイント
任務懈怠責任を検討するときは、少なくとも次の事項を分けて確認します。責任類型によって主張立証の構造や推定規定が異なるため、すべての事件を一つの定型に当てはめるのではなく、見落としを防ぐための確認表として利用してください。
| 確認事項 | 主な検討内容 |
|---|---|
| 対象者と在任時期 | 問題行為の時点で誰が取締役であり、どの役職・担当だったか |
| 具体的な任務 | 法令、定款、決議、担当分掌、社内規程、当時の状況から何をすべきだったか |
| 任務懈怠行為 | 求められた行為をしなかった、又は禁止された行為をしたといえるか |
| 責めに帰すべき事情 | 当時の情報や専門性に照らし、責任を負わせることが相当か |
| 会社の損害 | 資金流出、資産価値の減少、余計な債務負担などを具体的に算定できるか |
| 因果関係 | 任務を尽くしていれば損害を回避又は縮小できたといえるか |
会社法423条の要件の整理方法には、責任類型による違いがあります。特に利益相反取引には任務懈怠の推定に関する規定があるため、一般論だけで結論を出さないことが大切です。
対象者と在任時期を特定する
最初に、問題となる契約、支払、取締役会決議、不作為がいつ行われたのかを時系列にします。その時点の商業登記、株主総会議事録、取締役会議事録、組織図、職務分掌規程などから、対象者の役職と権限を確認します。
現在の代表取締役であるというだけで、過去のすべての損害について責任を負うわけではありません。他方、既に退任していても、在任中の任務懈怠について責任が消えるわけではありません。責任追及の期間には時効などの問題もあるため、古い行為ほど早めの確認が必要です。
具体的な任務と違反行為を結び付ける
「善管注意義務に違反した」「会社に不利益なことをした」という表現だけでは、責任の内容が十分に明確にならないことがあります。たとえば、不合理な貸付けが問題なら、貸付先の返済能力を調査する、担保や返済条件を検討する、必要な決議を経る、といった具体的な任務を示します。
不作為を問題にする場合は、いつまでに、どの措置を取るべきだったのかも重要です。不正の兆候を知らなかった取締役と、内部通報や月次報告で異常を認識しながら放置した取締役とでは、評価が異なります。
責めに帰すべき事情を当時の状況から検討する
任務懈怠責任は、単なる結果責任ではありません。取締役が当時利用できた情報、要求される専門性、会社の規模・業種、問題の緊急性、専門家へ相談した経緯などを踏まえ、取締役の責めに帰することができない事情があるかを検討します。
法令違反が認められる場面でも、違反の認識可能性や当時の法解釈が争点になることがあります。反対に、専門家の意見書があるという形式だけで当然に責任を免れるわけでもありません。相談事項、提供した資料、意見の前提、取締役自身の検討内容まで確認する必要があります。
会社損害と因果関係を具体的に示す
会社の損害は、疑わしい支出額をそのまま記載すれば足りるとは限りません。会社が受けた商品・役務の価値、取引によって得た利益、回収済みの金額、代替取引なら必要だった費用などを控除・比較し、実質的な損害を算定します。
因果関係については、取締役が任務を尽くしていれば、その損害を回避又は縮小できたかを検討します。たとえば、調査義務違反を主張するなら、適切な調査をした時点で不正を発見できたか、その後の支払を止められたかという時間軸が重要です。
任務懈怠責任が問題になる典型例
任務懈怠の内容は、違法な資金流出から経営判断、他の役員に対する監督まで幅があります。少数株主が疑いを持つことが多い場面は、次のとおりです。
- 会社資金の横領・私的流用:会社口座から個人口座への送金、法人カードの私的利用、実体のない業務委託など。詳しくは社長・役員による会社横領・私的流用への対応で解説します。
- 利益相反取引:取締役本人、親族、支配会社との取引により会社が不利益を受ける場面。承認手続と責任の推定は取締役の利益相反取引で整理します。
- 不合理な経営判断:投資、M&A、融資、事業撤退などの判断過程・内容が著しく不合理であると疑われる場面。判断枠組みは経営判断原則で詳しく説明します。
- 監督・監視義務違反:他の取締役や従業員の不正を認識できたのに調査・停止しなかった場面。詳しくは取締役の監督・監視義務と内部統制をご覧ください。
- 法令・定款・決議違反:必要な株主総会・取締役会決議を経ずに重要な取引や支払を行った場面、会社を法令違反に関与させた場面です。
経営方針への反対や赤字の発生だけで、任務懈怠責任が成立するわけではありません。責任追及では、結果への不満と、具体的な義務違反を分けて考える必要があります。
法令違反型と経営判断型では判断方法が異なる
任務懈怠責任を考える際は、明確な法令・定款違反を問題にするのか、経営上の裁量判断の不合理を問題にするのかを区別することが重要です。この区別によって、確認すべき資料と主張の組み立てが変わります。
法令違反型では違反の内容と帰責性を分けて見る
最高裁第二小法廷平成12年7月7日判決は、野村證券が顧客に約3億6019万円相当の損失補填をした事案で、旧商法上、取締役が遵守すべき「法令」には、取締役自身を直接の名宛人とする規定だけでなく、会社が業務を行う際に遵守すべき規定も含まれると判断しました。
もっとも、この判決は、当時は損失補填に独占禁止法が適用されるという考え方が一般的ではなく、関係当局の見解が明らかになった時期なども踏まえ、取締役の過失を否定しました。法令違反の有無と、その違反について取締役に責任を負わせられるかは、分けて検討する必要があることを示す事例です。
経営判断型では判断当時の過程と内容を見る
最高裁第一小法廷平成22年7月15日判決(アパマンショップ株主代表訴訟)は、子会社株式の評価額が1株6561円から1万9090円などと算定されていた一方、会社が1株5万円で3160株、総額1億5800万円を買い取った事案です。
最高裁は、完全子会社化を含む事業再編の目的、重要な加盟店との関係、非上場株式評価の幅、経営会議での検討、弁護士意見の聴取などを踏まえ、判断の過程・内容に著しく不合理な点はなく、善管注意義務違反はないとしました。高い価格で買ったという結果だけでなく、判断時点の情報と検討過程が重視されています。
経営判断原則の適用範囲、少数株主が確認すべき取締役会資料、専門家意見の位置付けは、経営判断原則とは|取締役責任が否定される判断基準と判例で詳しく解説します。
複数の取締役がいる場合は責任を個別に検討する
同じ取締役会に所属していたというだけで、全員に同じ責任が成立するとは限りません。直接取引を実行した者、決裁した者、取締役会で賛成した者、担当外でも異常を知っていた者では、負っていた任務と損害への関与が異なります。
責任の有無を個別に判断するため、次の事情を確認します。
- 役職と担当:代表取締役、財務担当、事業担当、社外取締役など、具体的な職責は何か
- 入手した情報:取締役会資料、月次報告、内部通報、監査報告などをいつ受け取ったか
- 意思決定への関与:提案、審議、賛成、反対、棄権、議事録への意見記載があったか
- 調査・是正可能性:追加調査、支払停止、取締役会招集、監査役への報告などが可能だったか
- 発覚後の対応:損害拡大を防ぐ措置、責任追及、回収、公表、再発防止を検討したか
名目的な取締役、非常勤取締役、社外取締役であることだけで当然に免責されるわけではありません。他方、肩書だけで責任を肯定することもできません。担当分掌、認識可能性、既存の管理体制、是正可能性を資料に基づいて比較する必要があります。
少数株主が集めるべき証拠
少数株主が任務懈怠責任を検討するときは、疑いを強く述べる前に、責任の各要素に対応する資料を集めます。特に非上場会社では資料が会社側に偏在するため、手元資料を時系列で整理し、不足資料を明確にすることが重要です。
- 対象者・在任時期:履歴事項全部証明書、株主総会議事録、取締役会議事録、役員名簿、組織図
- 任務の根拠:定款、職務権限規程、稟議規程、取締役会規程、契約書、株主総会決議
- 判断過程:稟議書、事業計画、比較見積り、価格算定書、会議資料、専門家意見、メール
- 資金の流れ:預金通帳、入出金明細、総勘定元帳、仕訳帳、請求書、領収書、送金先資料
- 異常の認識:内部通報、監査役報告、月次報告、警告メール、事故報告、取締役会での質問
- 会社損害:支払額、受領した役務の価値、回収額、代替取引の条件、損害拡大の期間を示す資料
時系列表を作ると責任と因果関係が見えやすい
資料を集めたら、「日付」「出来事」「関与した取締役」「その時点で得ていた情報」「本来取るべき措置」「発生した損害」を一つの表にします。いつの時点なら支払を止められたか、どの取締役が対応できたかが見えやすくなります。
また、取締役会議事録に形式的な承認記載があるだけで判断を終えず、実際にどの資料が配布され、価格やリスクがどこまで説明されたかを確認します。反対に、議事録がないから直ちに違法と断定せず、会社の機関設計、決裁権限、当時の運用も確認します。
早い段階で相手方を強く追及すると、資料が削除・変更されるおそれがあります。他方、会社システムへの無権限アクセスや資料の無断持出しは別の問題を生じさせます。適法に取得できる資料を保全し、取得日・入手経路・原本の所在を記録してください。
会社の損害と株主個人の損害を区別する
少数株主が責任追及を考える場合、誰の損害を回復するのかを最初に決める必要があります。会社法423条の任務懈怠責任と、株主個人の直接請求では、目的も賠償金の帰属も異なります。
| 請求の類型 | 回復する損害 | 賠償金の受取先 |
|---|---|---|
| 会社による会社法423条請求 | 会社に生じた損害 | 会社 |
| 株主代表訴訟 | 会社に生じた損害 | 原則として会社 |
| 会社法429条等による株主個人の請求 | 株主に直接生じた損害 | 要件を満たす場合は株主 |
会社資金の流出により会社価値が下がり、結果として持株価値が下がったというだけなら、まず会社損害としての回復が問題になります。一方、少数株主を排除する目的の著しく不公正な新株発行など、株主の持分や権利への直接侵害がある場合には、個人の直接損害が問題になり得ます。
株主個人の請求要件は、会社法429条と株主代表訴訟の違いで整理します。会社が取締役を追及しない場合の制度・原告適格・賠償金の帰属は、株主代表訴訟とはをご覧ください。
任務懈怠責任を追及するまでの進め方
任務懈怠が疑われても、直ちに訴訟へ進むとは限りません。資料の偏在、会社との関係、回収可能性、株式売却の希望などを踏まえ、次の順序で検討します。
- 目的を整理する:会社損害の回復、株主個人の損害回復、経営改善、株式売却のどれを優先するか決めます。
- 対象行為と時系列を特定する:誰が、いつ、何を決定・実行・放置したのかを整理します。
- 証拠を確保する:議事録、会計資料、契約書、メール、専門家意見などを要件ごとに分類します。
- 損害と因果関係を計算する:支出額だけでなく、受領価値、回収額、回避可能な損害を検討します。
- 会社への請求方法を検討する:会社自身への調査・返還請求の要請、提訴請求、交渉、仮処分等の必要性を比較します。
- 株主代表訴訟その他の手段を選ぶ:手続要件、費用、期間、証拠、相手方の資力、売却方針との関係を確認します。
会社が取締役の責任を追及しない場合、少数株主は会社法847条に基づく株主代表訴訟を検討します。ただし、原則として会社への提訴請求など所定の手続が必要です。責任の内容が抽象的なまま提訴請求をすると、その後の訴訟で対象行為の特定が問題になるおそれがあります。
また、責任が成立しても、責任免除・責任限定、D&O保険、時効、取締役の資力などにより、実際の回収可能性は変わります。本記事では入口に留めますが、請求前に確認しておくべき事項です。
よくある質問
会社に大きな損失が出れば、取締役は責任を負いますか
損失額が大きいだけでは足りません。具体的な任務、義務違反、取締役の責めに帰すべき事情、会社損害、因果関係を確認します。経営判断が問題になる場合は、判断当時の情報収集・検討過程・判断内容が重視されます。
善管注意義務と忠実義務は何が違いますか
善管注意義務は、取締役がその立場に応じた注意をもって職務を行う義務です。忠実義務は、法令・定款・株主総会決議を守り、会社のため忠実に職務を行う義務です。実務上は重なる場面が多く、どちらの名称を使うかより、具体的に何をすべきだったかを特定することが重要です。
退任した取締役にも責任を追及できますか
問題行為が在任中に行われたものであれば、退任したことだけで責任がなくなるわけではありません。ただし、在任時期、行為時期、時効その他の期間制限を確認する必要があります。古い事案では資料散逸も進むため、早めの調査が重要です。
株主代表訴訟に勝てば、少数株主が賠償金を受け取れますか
原則として受け取りません。株主代表訴訟は会社の損害を会社のために回復する制度であり、賠償金は会社へ支払われます。株主自身の直接損害を回復するには、会社法429条その他の別の要件を検討します。
まとめ
- 任務懈怠責任は、取締役が具体的な任務を怠り、会社に損害を生じさせた場合の責任です
- 対象者と在任時期、任務、義務違反、帰責性、損害、因果関係を分けて検討します
- 法令違反型と経営判断型では、確認すべき資料と判断枠組みが異なります
- 複数取締役の責任は、担当、情報、関与、是正可能性に応じて個別に判断します
- 会社損害の回復と株主個人の直接損害の回復は、請求方法と受取先が異なります
少数株主が取締役の責任を検討するときは、会社への不満を並べるのではなく、問題行為を時系列化し、各取締役の任務と会社損害を証拠でつなぐことが出発点です。会社側に資料が偏っている場合は、どの資料をどの手段で集めるか、代表訴訟と株式売却・買取交渉をどう使い分けるかも含めて検討しましょう。
坂尾陽弁護士
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